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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

10月5日

2014年10月5日

 昨日、田舎の親戚の葬儀に行ってきた。県内でありながら車をもたない私にとっては東京に行くよりはるかに不便だ。10時からの式に家を出たのが6時半。仙台駅から電車に乗り、降りてからはタクシー料金5000円分乗って、15分前、やっと式場についた。

 それでも、式終了後、古くからの縁者たちとよもやまの話をしながら、無理してでも参列してよかったと思った。

 

 カバンに、先日の学会でSさんにいただいたブックレット「子ども理解を深め、学びの物語を紡ぐ」を入れて行ったので、行き帰りに読んで、仙台に住みついてしまった私はこれまでになく自分の来し方を考えた。

 Sさんは、自分の子ども時代を振り返り、教職と結びつけてこんなことを言っている。

  

私にとって、さまざまな子ども時代の遊びも含めて、ふるさとというのは特別な意味をもっています。夕暮れになるまで遊んでいて、疲れて帰ると、父母兄弟揃って食事をする。そういう環境で育ったものですから、そこは非常に愛着や郷愁の原点になっていて、懐かしさみたいなものをいつも胸にとどめています。 

   それで、子どもたちと一緒に過ごしながら、私自身が持っているような、心に一つの『形』をと言いましょうか、心を吸引するような、あるいは心をつなぎとめるような、何か繋留点のようなものを持たせなければいけないのではないかというようなことを、ずっと教育活動の中で感じてきました。

 故郷を離れて仕事をつづけてきた私には、Sさんと似た子ども時代

多く持っていながら、在職中、子どもたちと結びつこうと努めてき

たつもりでも、Sさんが後段で述べている点で決定的に違っていたと

いうことに思いついた。端的に言えば、どんなに子どもに寄り添うこ

との大事を口にしつづけても、単なる“教え屋”でしかなかったの

だと。

 故郷でなければできないということではないはずだ。自分の子ども

代を誇らかに言うことはあっても、その子ども時代を子どもと繋が

る原点に出来なかった自分に思いいたった。

 帰りのバスの中でもしきりにこのことを考えつづけた。どう考えて

も、残る時間をどう過ごすかしか私にとっての道はもうない。それに

してもSさんから受けた生き方についての刺激は大きすぎる。