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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

8月5日

2014年8月5日

 

 「図書」の8月号に、ノーマフィールドと横湯園子さんの対談が載っている。いつか横湯さんにお会いしたとき、「ノーマフィールドの退職記念の会に出かける」と話されていたことを思い出した。その会は、シンポジュームで、横湯さんはシンポジストのひとりだったのだ。フィールドは、その時横湯さんが「絶望した友人同士で絶望同盟を結んでいる」と話したと紹介していた。

 

 ところで、その対談のなかでフィールドは、「イラク戦争反対運動もねばりづよく繰り広げられましたが、あるとき、歌がない、と気がつきました。ベトナム戦争以降、みんなが歌う一つの歌がないんですね。黒人霊歌や囚人の労働歌のように、絶望のなか、声を上げて一緒に歌うことは大事な行為ではないでしょうか。」と言っていたので、私はすっかり驚いてしまった。

 というのは、前日、私もメンバーのひとりになっている会で「標的の村」の上映会をもち、その映画のなかで歌われた「安里屋ユンタ」の場面を思い出し、このような歌が私にも周りにもない、しかし、沖縄にはある。この違いのもっている沖縄の歴史と現実、そして日本という国のあり方を自分の中で繰り返し反芻していたからだった。

 

 映画を観ながら、終始、沖縄に対して何もしていない自分を責めつづけていたのだが、座り込んで腕を組み歌う「安里屋ユンタ」は、何者をも恐れぬ迫力を感じさせながら、無力な私をも包んでくれるように響くのだった。胸は痛み、目は涙でかすんでいったが・・。 

フィールドの言う「絶望のなか、声を上げて一緒に歌う」ことをつづけているのは唯一沖縄だけであろう。私たちが沖縄の人々と一緒に歌う日を一日も早くつくらねばならない。そのために何をどうすればいいのか。

 

 11歳の海月さんが「お父さんとお母さんががんばれなくなったら、私が引き継いでいく。私は高江をあきらめない」と言っていた。「安里屋ユンタ」は沖縄で歌い継がれていくことはまちがいない。私たちは聴くだけで観るだけですましていいわけはない。