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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

4月24日

     朝、バスの車窓から目にするケヤキは日ごとに緑を目立たせ、競い合って枝を見せないほどの模様替えをしている。バスの乗り換えを止めて歩いている。自分が気分良く歩いているせいか、行き交う人もみんなさわやかに見える。いい1日の始まりを体に感じる。  昨日は「全国学力テスト」だった。このテストはいつの間にか結果の公表が一番の関心事になっているようだ。新聞もテレビも取り上げられているのはこのことだ。いつの間にこうなってしまったのだろう、競争のための具になってしまった。そうならないようにというのが一番懸念していたことではなかったのか。

 テスト成績全国一を誇る秋田県は08年に市町村別の公表、もう後戻りはできないのだろう。静岡県は昨年全国平均点以上の小学校長名を明かしたと思えば、大阪市教委は自校の成績公表を校長に義務付けるという。

 なんのためのテストかわからなくなっている。3・11後をくぐった私たちの教育は変わらなければならないと思うが、せっせと急ぐ政府の「教育再生」会議は、3・11などはまったく意に介しない。  なぜ教育が変わらなければならないか。3・11は私たちにもう一度「自然と人間」とを考えることを問うていると考えなければならないと思うからだ。 地球誕生から現在までの時を1年という長さにすると人間が地球の仲間入りをしたのはなんと大晦日の12月31日になることになる。地球にこんなに遅くやってきた人間は、そのなかで生きていくために自然と闘いつづけ、さまざまな技術や科学の発達を促すことになっていったのだろう。  人間のそのような生き方について自然もまた無言の警告を示してきたはずだ。3・11もまたその自然と人間との関係を考えるサインと捉える必要があるのではないか、少なくとも教育の場では・・・。  全国学力テストで平均点を越える越えないなどと一喜一憂する時か・・・と思う。自然と人間を真剣に考えることこそ、人間の生き方を深く問うことになり、横着な人間本位な在り方を正すことにもつながっていくことになるのではないか。