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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

3月20日

 ベビーシッター事件のことが連日報道されている。この世の中、なんと考えられない事が次々 に起こることか。こんな社会に今も生きつづけている自分自身を不思議に思う。  「安心して生きられる社会」は時代をこえて誰もが望むこと。それなのに、しょっちゅう、考えられない事件が起きる。しかも、簡単に人を殺める。

 田舎で育った私は、戦争以外、大人の仲間入りをしてもしばらくの間、殺人など耳にしたことがなかった。   幸せなことに周りのすべての人は心の許せる人だけだった。  

  もちろん、ベビーシッターなどということばはあるわけはなかった。

 

 子ども時代を思い出してみる。私の場合、学校行事などに親は一度も来ることがなかった。いや、母親に言わせれば「行くことができなかった」となる。父親との生活は幼児期と戦後の一時期だけ。母は、我々兄弟を育てるために必死であり、学校になど顔を出す暇はまったくなかった。それは自分も知っていた。あるときは(2年生でなかったかと思う)、まだ小さい弟を教室に連れて行き、自分の机のそばに置いたこともあった。先生にはすごく世話をかけたが。

一緒だった記憶の残るのは小学校(国民学校になっていた)の入学式だけ。父が戦地に行ったのはその翌年だったので。その後の母の姿を見ると親の来れないことについて何も思うことがなかった。

 運動会や学芸会は、家族席での昼食だったが、私の弁当はいつも近所の人がもってきてくれ、その輪の中に入れてもらってとった。大勢で食べる食事は、いつもの家族3人だけよりはるかに楽しかった。

 近所はそのことば通り何をやっても近かった。近所の人々に囲まれて育った私は、今になってもみんなに育ててもらったと思っている。そのためか、今でも、近所で分けるのは当たり前と思っているのだが、ブロックの塀で家が囲まれてしまうようになってからは、なんとも寂しい。もちろん、こんな世にしたのはブロックだけではないが・・・。

 誰もかれもが本当に安心して暮らせるようにもっともっと本気になりたい。それは、「経済」よりもはるかにはるかに優先されることであるはずだ。