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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

2月25日

 年が明けて人事異動の時期になると必ず思い出すことがある。その一つが、初任校の3年目のこと。

 オートバイで通っていたK教頭は冬期間だけ、山越えの通勤を止めて、私の下宿に入った。夜は毎晩のように囲碁のつよいKさんに教えを受けた。私が井目を置いて、2連勝すると1目はずしていき、連敗するとまた石をおくことになる。何しろ定石もろくに身につけず適当に打つのだからせいぜい23目はずすくらいのところからなかなか進歩がない。それでもKさんは決して嫌な顔をせずに相手になってくれた。

 ある日、打ちながらKさんが、「どんな用かわからないが県教委に来るようにと電話があった。」という。なにしろ用件の内容をまったく言っていないというのだから、Kさんは首をひねりながらなんとなく不安そうな顔を見せた。  翌日、県教委に出向いたKさんは暗くなってから帰ってきた。  「県教委に行ったら、保健体育課の指導主事をやるように言われた。突然のことで驚いたし、ぼくに指導主事なんてできるだろうかと、返事にたいへん迷い、返事を明日まで待ってほしいとお願いして帰ってきた」とのこと。  若造の私に教育委員会のことや、人事の仕組みなどわかるはずはないのだが、Kさんの話を聞きながら、なんとなく(この話はダメになるな)と思った。  はたして、翌日の新聞に別人が保健体育課指導主事としての発令記事が載っており、Kさんに県教委からひとこともなかった。  Kさんは、その日の夜、「まあ、いいさ、いつか娘に、こんな話があったこともあったと話そう。はっ はっ はっ。」と笑った。

 その後、Kさんは、これまで以上に自宅から遠く離れた別管内に教頭のまま転任した。しかも、長い長い教頭職にあり、最後の3年間だけ自宅から近い学校の校長になって退職した。付け加えれば、翌日指導主事に発令された方は2年後に校長になっている。

 私は、Kさんのこの事実についていろいろ考えることがあったが、忘れられないひとつの事実をそのまま記すことで止める。