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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

1月9日

 冬の学習会がいつものとおり5日~6日ともたれた。参加者役150名とか。6日は月曜ということで1日だけの人も少なくなかったようだ。つまり出勤しなければならない理由による。かつてはこういう人は「日直にぶつかってしまったので」という人ぐらいできわめて稀だった。

 夜、宿泊者だけの懇親会があった。数は多くなかったが賑やかだった。ひとりずつスピーチがあったが、私は、「もう少ししてから」と送って、とうとうしゃべらずに終わった。

 何を話そうかと考えていたら、これまでの冬の学習会のことがワンワンと湧いてきた。これでは話が止まらなくなり、飲んでいる人たちのひんしゅくをかうことまちがいないと思ったのだ。

 今は茂庭荘に固定したが、会場のことひとつとってもいろいろあった。私の初参加は教員保養所白萩荘。その後、鳴子玉造荘も使った。みな薄給の身での参加だから、宿泊費は安くなければならない。これは絶対条件とも言えた。鳴子は集まるに不便ということからだったろうか、Yさんと一緒に仙台市内を探したことがある。

川内にあるユースホステルを見に行った。宿泊はできても会議室がない。窮状を訴えると、「西花苑の宿泊施設を今閉めていますが、その日だけ使えるようにしましょう、もちろんあなたたちの出した料金で。」とオーナーが言ってくれ、Yさんと「今年の冬の学習会もこれで場所が決まった」と喜んで帰ったのだった。

 しかし、そう事はうまく運ばなかった。夜の会議の最中に電気が止まってしまった。大浴場をのぞくと、Fさんたちが「寒くて出られない」と騒いでいた。しかも、夜遅くなると雪が降り出し、隙間から雪が部屋に吹き込んでくる。

 さんざんな一夜を過ごした翌日、「少しぐらい宿泊費がたかくなってもいい」という声が出て、翌年は松島大観荘に会場は変わった。ここでの話もいろいろある。もう止めよう。

全体講演についてもしゃべりたいことはいくらもある。

佐藤忠良さんも林竹二さんも謝礼を受け取ってもらえなかった。林さんは、ご自分の著書で自宅にあるものをもっていき売って資金にしたらと言ってくれた。私たちの身銭を切っての学びを支持し支えてくださったのだ。

これらだけではもちろんない。いろんなことが浮かんだ。なにしろ今年で59回目なのだから・・・・。会が、長く長くつづくことを願っている。