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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

12月4日

 映画「そして父になる」は、その中に登場する2人の父親の姿によって十分過ぎるほどいろんなことを考えさせてくれた。自分が己の子どもに対してどう向き合ったかを思いかえすと、リリーフランキーの所作の一つひとつは、私に向かって演じられているような気がし、その場から逃げだしたい気持ちに何度もなる自分をじっと押さえ坐りつづけた。言い方はよくないかもしれないが、父親福山が描かれる場面になると自分にやや近くなるので救われる思いになり、居つづけることができたのかもしれない。

 そして、なんと、この映画と同じようなことが最近報じられて大いに驚いた。しかも、もう60歳になり、産みの親も育ての親も他界しているという。

 この方は、報道陣を前に、育ての親に感謝しながら、産みの親に会いたかった気持ちを述べていた。

 病院での取り違いがあってはならないことは言うまでもないが、この事実に対する私の気持ちは、未だ整理してことばにすることはできない。

 この事を報じたAテレビのコメンテーターのひとりが、「この方は生活保護家庭で育てられ、定時制高校を出て働き、もう一方の方は、学ぶことを十分保障され大学を出たということを考えると、その点だけでみれば、格差社会の縮図のような気がする。言えば、学びを保障される環境で育てば誰でも大学に行きたければ行けるし、生活苦という環境で育つと、大学まで行きたくても行けないということであり、この事実を格差が大きくなっていく現在の社会と結びつけて考えさせられた」と話していたのは今でも強く残っている。

 このあってはならない事実は、病院の取り違いの問題だけで終わらず、このコメンテーターと言葉のようなことまで広げて考えたいものだ。