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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

11月27日

 何が何だかわからないうちに、特定秘密保護法案が衆議院を通った。前日、福島で公聴会がもたれて、危惧する声がつづいたにもかかわらず、それもまったく無視。真面目にしゃべった人の腹は煮え返ってしかたないだろう。そもそも初めからこの地方公聴会で民意をくみとろうという意図がなかったとすれば、発言者だけでなく私たちまでバカにされたことになる。

 何かわからないものが、急げ急げで決められていくことに不気味な感じが大きい。

 とは言いながら、この政権をつくらせた根は、選挙で圧勝させた私たち国民にあることを思うと、上げた拳のやりどころに困ることも確かだ。

 岩波新書が世に出たのは1938年。最後のページの刊行の辞に岩波茂雄は、

 「~吾人は社会の実情をつまびらかにせざるも現下政党は健在なりや、官僚は独善の傾きなきか、財界は奉公の精神に欠くるところなきか、また頼みとする武人に高邁なる卓見と一糸乱れざる統制ありや。思想に生きて社会の先覚たるべき学徒が真理を慕うこと果たして鹿の渓水を慕うが如きものありや。吾人は非常時における挙国一致国民総動員の現状に少なからぬ不安を抱く者である~」

と署名入りで書いている。

 日中戦争が前年に始まるなど、宮城で言えば、「カマラード」や「国語教育研究」など休刊やむなきにいたる狂暴な言論弾圧の嵐の中で、岩波は、これだけの発言をしている。

 岩波茂雄と一緒に仕事をしていた小林勇や吉野源三郎は、この刊行の辞は誰にも見せず、岩波ひとりで書いたという。なぜなら、見せると、「もっとやわらげるように」と言われるのを嫌ったようだ、とのこと。

 ちなみに、岩波新書は、岩波茂雄が亡くなっても、戦後の新版の発足で、「この叢書を貫いてきたものは、批判的精神であり、人間性に第一義をおく視座の設定」と書いている。

今は1938年と違うとは言え、特定秘密保護法案だけでなく、それにつづいて出番を待っているものがいくつもあるらしいことを思うと、この岩波の気概を私たちはつねに持ち続けなければならないと思う。