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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

11月12日

 今年度の「教育のつどい」にも2日間参加する。

 両日ともに5階の研究センターが参加した分科会会場だったせいもあり、ほとんど他の参加者と出会うことがなく、集い全体の雰囲気を感じ取ることはできなかった。

 それゆえ会全体についての受け取り方に間違いがあるかもしれないが、なんとなく参加者同士の出会いによる喜び合う姿とか弾む会話を楽しんでいる様子など眼にすることなく極めて静かで、かつての集会にあった熱っぽさを体に感じないことにやや寂しさを覚えた。

 いろんな理由が重なっているのだろう。ムンムンとした集会にならないのは、参加者数が多くなくなっていることが一番であることはもちろんだが、車社会になることで仙台に集まることが容易になり、顔を合わせることに特別の喜びがなくなっていること、新しい人の参加が極端に少なく常連がほとんどであること、もしかすると、会場がフォレストビルの会議室であることまでも関係するかもしれないなどなど、あれこれと勝手な想像を巡らせてみた。

 にもかかわらず、このような時であるからこそ、土日でも行事と重なっても足を運びたくなる内容をどうつくるかが問われるのだろう。集会を創る側の本気な集会総括が必要であり、集会づくりの再構築が問われている今と言えそうだ。非常に苦しい闘いになることを覚悟のうえでの今後の健闘を期待する。

 私がこれまで参加した集会で一番参加者の多かったのは70年の東北民教研・教科研の合同集会の2500人であり、あの鳴子の3日間は今も鮮やかに残っている。

 70年代は、8月の集会までにも北爆再開・日米安保条約・教科書裁判杉本判決などがあったときだ。

 ひとこと付け足すと、勝田守一が雑誌「教育」に「研究集会というもの」を書いたのが67年8月。その中での、「魂において頑固であり、心(マインド)において柔軟、精神(スピリット)において活溌でなければ、この現在の困難な状況を切り抜けることはできないように思われる。」という勝田の言葉を体に背負うようにしていた頃でもあった。

 「困難な状況」はいつになっても消えることはない。私たちはどう生きるかをいつも試されているのだ。