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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

10月22日

 19日は、フォーラム「子どもと読書」だった。読書は個々のもの、参加者からいろいろな話が出て私には十分おもしろい時間になった。

 ここでは、学校図書事務(仙台市ではそう名づけ、各校親が手伝っているよう)のSさんの話を2・3紹介する。

 まだ子どもさんたちが小さかった頃、家族全員参加してのSさんとM家庭文庫でお会いしたことがあるが、子どもさんたちが大きくなった今は、ご自分だけまだ文庫に行きつづけていると言っていた。

 Sさんは、「子ども時代の読書体験がこれから生きていくひとつの指針となってほしいと願ってこの仕事をしている」と言う。

さて、そのSさんのいる図書室はどう利用されているか。「学年問わず、先生によって利用頻度が違う」。つまり、本好きの先生や図書室に興味をもってくれる先生のクラスの子の貸し出し利用は多いというのだ、どこでもそうだろうが・・・。「高学年は委員会の仕事などで休み時間も忙しく、なかなか図書室に姿を現さない。また、行事が迫ってくると休み時間も練習に追われ図書室は閑古鳥が鳴く」とも。“子どもたちは忙しい”という言葉は、他の何人もの方の話でも強調された。もちろん「読書」に限っての話ではない、子どもを語る話では決まったように言われる。

人間以外の動物はほとんど胎内にいるときから生後の準備はしているのに、人間だけは誕生後に、長い時間をかけて人間になっていくことを考えると、まだすべてに未熟な子どもたちが忙しくていいのかといつも心配になるのだが、それを口に出して言えない世の中、そんな空気に囲まれて憂鬱になってしまう。

Sさんが言うには「仙台市は1年に32冊読むように呼びかけている」とのこと。目標のあることはいいと思うが、これも、それぞれの教師がどのように受け止めて、子どもと向き合うかによって目標数があることで大きな違いが出てきそうな気がした。

Sさんの話を聞きながら、こんなに子どものことを考えて図書室で子どもたちを待っていることを想像すると、学校図書事務のSさんたちの学校での存在は小さくないとあらためて思った。先生たちはどう考えているのかなあ・・・。図書室と教室の呼吸が合うようになったら、どんなに子どもたちは幸せだろう。