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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

10月18日

 昨日、A保育所を3人で訪問した。ビルの5階にあり、子どもたちは満杯の55人いるという。台風一過、年長・年中組19人は歩いて30分ほどの公園に散歩ということでみんなリュックを背負い準備OKで待っていてくれた。

 エレベーターは使わない。2人ずつ手をつなぎ、先頭の保育士Sさんにつづく。行き先の公園は晴れていればいつもの場所のよう。混み合う市場の中を迷うことなく子どもたちはつづく。後尾の保育士Tさんの腰には緑色の紐が2本ぶら下がっている。時々遅れ加減になる子が紐をつかむ。これもごく自然の動作になっている。特定の子の独占ではない。

 公園に着き、リュックを同じ場所に置くやいなや、それぞれが自分の目指す場所に走る。遊具に飛びつく子、竹藪を縦横にくぐって遊ぶ子、一人で特定の遊具を独占する子もいないし、一か所だけで落ち着く子もいない。

 私にとってはかつてデモの集会場所としての公園だったが、今日は目につくものはまるっきり違う。駆け回る子どもたちが世界を別に色塗りしてくれているに違いない。

 ひとしきり遊ぶと、Sさんの合図で帰ることになる。Tさんにシャツを着替えさせてもらう子もいる。帰り仕度も速い。まだ遊び足りない子ども、疲れを体全体に見せる子と落差は大きい。それも保育士さんたちは承知のうえで歩いていることがわかる。

 また市場の中を通る。Tさんは「ただいま!」と言う。お店の人も「お帰り!」と返す。お客さんはニコニコして眺めている。子どもたちもいい顔だ。心地よい空気が流れる。

 保育所の部屋にもどった子どもたちは、すぐ昼食の用意。あっという間に、エプロンに着替えて配膳台の前に立つ子、4人がけのテーブルと椅子を用意する子。一方では昼寝用の布団を引っ張り出して並べている。それを見ながら(すごいなあ)と思う。まだ5つや6つの子なのに・・・。

 私はこれまで、入所待ちの子の多くいることを耳にすると、働きたくとも働けない親のことしか頭に浮かばなかったが、保育所での生活が子どもをこんなにも成長発達させるということを目にし、自分の見方がなんと狭かったかと恥ずかしくなる。同時に、待機している子どもにとっては、人間としての成長の機会を奪われていると言ってもいいくらいの重大事なんだと思いながらセンターに戻ったのだった。