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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

9月26日

 28日の戦後教育実践書を読む会のテキストは「川口港と外港」である。私はこれまで読んでいなかったので、あわてて読んだ。

 これまで読んできた実践書は50年代だが、「川口港と外港」は70年代後半に書かれていて、これまでと違い「小学校社会科教育の創造」という副題がついていることだ。20年の違い、そして教科名が出されていても、創造的な教育実践ということでは少しも変わりのないすぐれた実践書だと思った。

 著者の鈴木正気さんの「おわりに」の中から2か所をそのまま紹介したい。

  ・1958年の夏、私は一人でぽつんと教育科学研究会第三回全国研究集会(髙尾集会)に出かけていった。何かたいへんむずかしい議論が展開されていたのを覚えているが、話す相手もいない私は、隅の方で小さくなってそれを聞いていただけだった。休憩のときだったと思う。廊下にすわって外をボンヤリ眺めていた私の背を「ポン」とたたいて話しかけてくれた人がいた。その人が大槻健先生だった。

  ・また、どうしても書きとめておかねばならない人たちに、これらの実践を私とともに創り上げてきた子どもたちと、久慈小学校での同学年の先生方、それにお父さんお母さんをはじめとする地域の人たちがいる。それぞれの実践が比較的長期にわたるものであるだけに、子どもたちのとりくみによるはげましや、職場の先生方や地域の人たちからの支援がなかったら、続けえなかったにちがいないのである。

そう、かつての自分を思い出すと私も本当に恵まれていた。「背をポンとたたいてくれた師」「同学年の先生たち」「一緒に創ったこどもたち」「お父さんお母さん、そして地域の人たち」、幸せなことにみんないた。

 学校、そして教師の仕事というのはそもそもそういうものだろう。