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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

9月12日

 鶴見俊輔さんが吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」にふれて、「あの本を私が初めて読んだ時の著者名は山本有三だった」と言っていたのを読んでびっくりした。

それで、吉野の略歴を調べてみた。1931年治安維持法事件で逮捕され、その後の1935年、吉野の才能を見抜いた山本有三は、「日本少国民文庫」の編集主任に就かせ、その2年後の1937年に「君たちはどう生きるか」は書かれた。山本有三から、何でもいいから書きたいものを書いてみるようにと言われて書いたもののようだ。あの誰もが驚く著作を世に出したいと思いつつも、時局を鑑み、有能な才能をもつ吉野の将来を考え、山本有三が自分の名で発表したものだろう。

 研究センターにも「君たちはどう生きるか」がある。これは、鶴見の言ったものの後に出たものに違いない。吉野の文の後に1923年の武井武雄の漫画とエッセーが付き、著者名は山本有三と吉野源三郎が列記されている。古本屋から求めたもので、残念ながら奥付が消えている。これは、1945年直後のものであろうか。

「君たちはどう生きるか」は 戦後の1948年、早々と「日本少国民文庫4」が新潮社から出た。そのとき初めて山本は自分の名を取り去ったのではないか。

 鶴見のちょっとした言葉を気にすることで、あの素晴らしいジャーナリスト吉野源三郎は、山本有三によって守られ育てられ花開くことができたのだろうと勝手な想いをめぐらした。

 現在の「山本有三」はたとえばだれなのだろうか。「オレが」「オレが」と自分を押し出すことに競争している今はもしかするといないのだろうか、それとも自己顕示欲の旺盛な人を相手にするマスコミのなかで「山本有三」はだれにもみえないのだろうか。どちらにしてもちょっと寂しいなあ。