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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

9月10日

 研究センターの私の机の後ろに「浜田知明作品集 取引・軍隊・戦場」が置いてある。浜田知明は、この間、テレビ「日曜美術館」で偶然見ることができた。浜田は1917年生まれだから96歳である。今も現役の彫刻家である。この手元の画集は、今から30年前の1982年につくられており、版画集。造ったのは私がものの考え方を厳しく教えてもらった現代美術社の太田弘だ。出来上がったとき、この画集を手に太田は「これを造るために、ぼくは熊本に何度も足を運んだ」と誇らしげに言った。

 奥付の題名の下に「現代少年美術館2」とある。1は佐藤忠良集だ。

 私は、この時初めて浜田知明という芸術家を知った。版画と一緒に浜田のことばも入っている。

 「もしも/戦争に参加しなかったなら/もしも/戦地を踏まなかったなら、/僕の芸術観は/もっと変わったものになっていた/かも知れない。然し、/戦争の体験によって、/人生観に於ても、/作画する態度に於ても、/僕は/それと/切り離してものを考えることが/できなくなってしまった。」(1953年)

この画集を手にした時、太田の広い眼力にびっくりしたが、「なぜ、これを『少年美術館』の2にしたか」と聞かなかったことを今でも悔やんでいる。聞かれなかった太田もがっかりしたことと思う。

 浜田の書いていることを、もう少し紹介する。

「最近、赦免されて刑務所の門を出る一部戦犯者たちの誇らかな顔と不謹慎な言葉には激しい憤りを覚えずにはいられません。再軍備の声は巷に高く、その眼から怪しげな光芒を放つ亡霊は、今や暗く淀んだ海面から浮かび上がりつつあります。」(1956)

「もしも日本が戦争に勝って、/自分だけが正しく、/自分達だけが愛国者だと、/

思い上がった狂信者達が、/今も日本中を闊歩しているとしたら、/

軍人の威張らない世の中は天国だなあ。」(1967年)

*なぜ今日、「浜田知明集」を開いたか。

昨日の夕方、街頭で「9条テッシュ」配りをしていたとき、「どこの団体だ!」「バカヤロー!」と怒鳴られたので・・・。