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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

8月26日

 松江市教委の「はだしのゲン」閲覧制限問題は、いろいろなメディアで取り上げられたが、私が読んだり聞いたりした範囲では、市教委の学校への指示に対する批判で一致していたのでホッとした。

 ただ、今になって、このような問題が出てきたということについては、改憲が軽々に言われるようになったり、教科書へのクレームが公の場で言われたりすることなどとすべて同根ではないかと思われて、嫌な空気の流れを感じる。

 一生をかけてヒロシマを伝えようと描きつづけた中沢さんは無念で仕方がないだろう。描写が過激であるとか、残虐なシーンがあるからだそうだが、戦争を知らない子どもたちに、戦争をどう教えればいいとかんがえているのだろうか。それとも、過去の戦争には触れさせないようにと考えているのだろうか。もしかすると、「ゲン」を見せないようにしたいと考える人たちは、実は「日本を戦争のできる国にしたい」と願っているのではないのだろうか、(まさか、そんなことは)と思うのだが。

 松江の話を聞いた時、私はすぐ、かつての「1フィート運動」を思い出した。アメリカの国立公文書館などに保存されているフィルムを1人1フィートずつ購入し、映像で子どもたちに沖縄戦を伝えようとする運動であった。

 私も、校内での観賞会を提案した。まず教師で観た後、全員で校内観賞会をもつことについて話し合った。そのとき、1年担任のYさんから、彼女のクラスの「今のTちゃんには見せたくない。もう少し時間をおいてからにしたいので1年生に見せることは止めたい」という話が出た。もちろん、Yさんは、なぜ今のTちゃんに見せたくないか具体的な説明があった。結局、予定は、低中高の3回に分けての企画だったので、低学年は見送りにして、あらためてということになり中高だけの観賞会にしたのだった。

 学校の力はこのようなことを通しても高まっていく。一方的に校長や教委の指示で動く学校はいつまでも外形は学校であっても内実のないぬけがらでいるしかないのではないか。「ゲン」についての報道で、それぞれの学校はどうだったのか耳にしないことが、少なからず気になる。