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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

8月15日

 今年も終戦記念日がやってきた。日本にとって、どんな国であるべきか、大きな大きな区切りの日だったはずなのに(いや、はっきりとどんな未来にすべきか世界の指標になるべき道を決めたはずなのに)、それから68年、過去の亡霊がうろうろし、何かにつけて「戦後」がすっきりしないことが、これからの人たちのためにたいへん気になる。

 戦争が終わった日から後の我が家は、その後も何の音沙汰もない戦地の父親の帰国を待つ毎日になった。浦和の病院にいるという連絡があったのは11月末だったろうか、母親がすぐかけつけ、仙台に転院。病名はアメーバ赤痢人工肛門をつけた体で翌年家に戻ってきた。私は5年生で、5年ぶりの再会だった。

 家でじっとしている父親。田舎なので食べるものはなんとかなっても家族4人はどう生きつづけたのか今は記憶に残っていない。

 ある時期しばらくの間、父と私は、紙巻きタバコつくりに専念したことがあった。どこから手に入れたのか、木でつくった簡易な紙巻き器を使う。小学生の私も違法であることは感じていた。出来上がったタバコは、書棚の厚い本のケースに入れて仙台の叔父に届け、叔父が売ってくれるのだった。

書棚にケースのない本を目にするたびに、しばらくその時を思い出したものだ。

 815日は、「戦争」と「平和」の区切りの日であり、体をはっても「平和」を守りつづけることを、当時小学生だったとはいえその時生きていた自分に刻みつづける日であると思いつづけている。