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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

7月16日

 宮崎駿の新作「風立ちぬ」が間もなく公開されるということで話題になっている。

昨夜のテレビで、宮崎は、これまでのアニメは今の時代ではダメだと言い、この作品を仕上げるまでに8年かかったとのこと。話を聞いていると、彼の作品は、彼自身の時代との格闘で仕上げられていると感じる。

 宮崎の話を聞きながら、かつて堀田善衛が、現代は、過去と未来の間にあることをただ示すのではなく、過去を振り返り未来をよく見据えているところに意味をもつというようなことを言っていたことを思い出した。

 宮崎は、「今はもう『魔女の宅急便」のような作品をつくるときではない』とも言っていた。私はそれら一つ一つの言葉に感心し驚きながら聞いていた。

 もう取り上げられることはほとんどなくなったがヴァイゼッカー大統領の演説「荒野の40年」も思い出した。彼は、

問題は過去を克服することではありません。さようなことはできるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったりするわけにはまいりません。しかし、過去に眼を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。

と言っている。ヴァイゼッカーもまた堀田と同様、過去・現在・未来を深く結びつけている。今こそ、日本はこの言葉をかみしめなければならない時ではないか。

その作品を個々に観て云々するだけでは 芸術家としての宮崎のすごさを、私はまったくつかめていないのだと、昨夜の話で感じた。

 テレビを観終わると、「時代」をめぐっていろんな思いがグルグルと回り始めた。それが日本の政治家(?)にまで及んでしまい、ただただ失望だけが果てなく広がってしまった。彼らのせいだけにするつもりはないが、あまりにひどすぎるから。