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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

5月28日

 なんと悲しい出来事だろう、大阪のマンションの部屋で、28歳の母親と3歳の子どもがひとつの布団で並んで亡くなっていた。そばには「子どもにもっと良い物を食べさせてあげたかった」というメモが残され、母親の体内には食べ物も何も入っていなかったというのだ。まちがいなく餓死であろう。しかも、亡くなったのは2月頃ではないかとの推測。このことを聞いた時、私は、呆然となり、その他のニュースはしばらく耳に入らなかった。2人だけの部屋の様子を想像するとたまらなくなる。

2人の死が報じられた日も、その次の日も、まったく何事もなかったように、ニュースは株価の上下を報じ、大阪橋下市長の発言問題で騒いでいる。でも、考えてみれば、極貧であえいでいるのは、この母子だけなのだろうか。こんな世の中になってしまい、その中で生きなければならない自分はどうすればいいだろう、考えれば考えるほど苦しくなる。

母親には他に語ることのできない事情があったのだろう。それは、いつの時代にも誰にもあるものと思う。だから仕方ないと言って片付けられるものではないはずだ。誰がどうすればその苦しみの胸を開かせることができるのか、私もわからないが・・・。

映画「東京物語」で、上京した義理の両親をアパートに案内し、原節子が隣人に、「お酒があったら貸してほしい」と頼み、一升瓶に残っている酒を借り、親にささやかなふるまいができる。それがごく自然な隣人とのやりとりだけに、私にとってはこの映画の中で強く印象に残る場面の1つである。1953年の作品である。1974年9月から連載を始めた漫画を原作とする映画「三丁目の夕日」だって、2005年の制作だが、下町の人々の温かい交流を描き、たくさんの人の心を打った。

1953年は戦後の復興期で、それこそ誰でも助け合わなければ生きられなかった。1974年は映画が見せるように東京タワーが伸び、大都市でぞくぞくと革新知事が誕生していくなど世の中全体に元気があったように思う。そして、映画のつくられた2005年でも、当時の人々の交流に多くが感動している。

とすると、今度のような事件を引き起こすやりきれない人間社会になったのは、ここ10年ぐらいの間ではないのかと思ってしまう。格差社会は問題だなどとただ論じるだけではどうにもならないところに私たちはいるのだと思いいたたまれなくなってきた。