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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

5月3日

 メディアテークでの上映会に参加した。この日、長年の友人Aさんが機械を回した。地元の新聞は前日、「主役は仙台最後の映写技師」とこの上映会を紹介した。企画は「短編映画祭」の実行委員。長年映写を担当してくれたAさんに感謝しようというもの。病を知らなかったAさんが今体調を崩しており、デジタル化が進むなか、Aさんのために35ミリを回す機会をつくって1日も早い回復を願ったのだ。

日活専属技師だったAさんの思い出の作品を聞き出し、上映作品は「嵐を呼ぶ男」になった。1957年の作品。Aさんの映写技師スタート時の作品らしい。実行委員会は、その35ミリを回してほしいとAさんに頼むと、Aさんは「客を呼んでおいて失敗は許されないから35ミリは現在の体調では無理だ」と固辞したらしい。すると、長年の技師仲間のSさんとOさんが「傍に待機しているから35ミリをぜひ」と説得、35ミリに落ち着いたという。会場でバッタリと出会ったSさんは、「今日はAさんの助手です」とニコニコ顔で映写室に走り上がっていった。

 後を追うように映写室をのぞくと、シャツをまくりあげて機械の前に立つAさんがいた。その姿からは体調不良など少しも感じなかった。

 上映予定時間にはホールは満席になった。

 客席を見ると、私の知る限りでも、60年代から70年代の親子映画、Mさんと3人で始めた仙台名作映画観賞会、澤田教一映画上映をきっかけに集まりつづけているメンバーなどなど映画関係者、そして、Aさんが現在力を入れている自然保護「蕃山の会」のみなさんと、Aさんが半世紀以上にわたって関わった人たちだ。

 ホール前でお会いした名作映画観賞会の会員だったという方は「あの会は本当によかったです」と戦災復興記念館での上映会を懐かしんでいた。あの6年間の上映もすべてAさんだった。

 開会のあいさつは、企画者のひとりである若い女性だった。フィルム時代は終わりが近い。映写技師Aさんの時代も終わりだ。でも、Aさんは、映画という文化の継承者たちを確実に育てていたのだということを若い主催者の挨拶を聞きながら思った。

 文化の広がりをつくるのは難しいと思いつづけてきたが、そうではないということも満席のこの上映会のひとりとしてありながら強く考えさせられた。まだまだ希望はある。どうすればそれが開けるか、その一つの道をAさんが私たちに示してくれた上映会だったと思った。