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mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記です。

1月29日

 昨日までの3日間、臨床教育学会の田中孝彦さんたちと石巻調査。天候が急に荒れ出して高速バスが運休したりし、とくに前半は通いにずいぶん苦労した。

 去年の2月、高校生5人に集まってもらい話を聞いているが、そのうちのひとりYさんにも会って話を聞くことができた。5人のうちYさんだけが卒業後石巻に残り、病院に勤めながら准看護学校に通っている。

 Yさんは、去年、自分の卒業後について、「震災があってからは、避難所とかに派遣の医療チームの方とか応援に来てくれて、自分の家族とかもたくさんお世話になったので、そういう姿をみて、看護師という職業を目指したいなと思って、震災がきっかけで看護師になろうと決心しました」と言っていたのだった。

 その時の言葉どおりの道を進んでいるYさんの、卒業後からの今までを話してもらった。懸命に目標に向かってすすんでいる病院での学校での生活のしぶりは街の復興よりはるかに確かで聞いていて石巻の明日に大きな光を感じた。

 もうひとり、中学2年生のMさんの話を聞くことができた。

 Mさんは、震災の年の8月、田中さんたちと一緒につくった「3・11 あの日のこと、あの日からのこと」(かもがわ出版)の中に「力を合わせて母校をふっかつさせよう」を書いている。担任のK先生への手紙の差出人だ。

 Mさんは、震災から1ヶ月後の卒業式を前に、2年間お世話になったK先生に手紙を書こうと思い立ち書いたのだと言っていた。

 Mさんも、震災の体験から、自分の将来を決めていると言っていた。本のなかのMさんの文は私たちを驚かす手紙だったが、私たちの問いに応えるMさんの言葉の一つひとつは確かであり、震災から自分の進路を決め歩いていることがよくわかった。

 今年も高校生たちの話を聞いた。そのなかのひとり2年生のAさんは、「おじいさんとお父さんが漁師なので、長男の自分も卒業後、一緒に仕事をやろうと思っている。でも、今はギンザケの養殖だけなので将来もっと漁の種類を広げたいし、震災後、給料をもらう形の仕事になっているのを自分は好まないので、お父さんにわかってもらい、自分の力で直接生計が立てられるようにしたいと思っている」と言っていた。彼らは漁業特区問題で揺さぶられている現実も自分の将来と結びつけて考えているのだと感じ、好ましく思った。

 話を聞きながら、若い人たちのこれからに大きな希望を感じた。同時に、大人が、将来を見通した再建を考えるのに、これら若い力にどう応えるか、どう生かすか、禍根を残さないようにしなければならないと強く思った。

 2カ所の仮設を訪ねて話を聞いた。仮設の話は報道で断片的にしか知らず、深く考えさせられるものであったが、こんな日記で書けるものでないので、報告は別の場にゆずる。