mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

11月29日

 昨日のニュースで、「福島が苦渋の選択で、県内に中間処理の場所探しをすることにした」と報じていた。聞いていても、何もできない自分がもどかしい。引き出しにしまっていた2枚の切り抜きを取り出した。

 1枚目。次の短歌は、2・3カ月前 朝日歌壇に載ったもの。

原発にさよならをしたこの秋のドイツの空の風みどり色

 投稿者は (ドイツ)西田リーバウ望東子さん。

 第1首に選んだ撰者の高野公彦さんは「ドイツの選んだ道を祝う心。日本も同じ道を選んでほしいとの気持ちをこめた歌だろう」と選評を書いている。

2枚目。次の文は、9月初めにある週刊誌に載った若い作家・朝吹真理子さんの話したものの冒頭部分。

   原発事故以降、目に見えないものを想像すること、それを人と共有することの難しさをずっと感じています。放射能は目に見えないものだから、呪いのような形で人の心や身体を蝕んでいくイメージがあります。

   そして、実際の放射能とは別に、テレビやツイッタ―で流れる「放射能」は、まるで呪術のように人々に中に巣くっているような気がするんです。

   だから、私が一番怖いのは、放射能じゃなくて人間なんだと思います。本当は危ないのに「危なくない」という人間も、「危ない」と思い過ぎて攻撃的な防御力を発揮する人間も、どちらも怖いです。

 どちらも、自分自身のために時々目にしたいと切りぬいていたもの。1日も早く「日本の空の

風みどり色」と言えるようにして、怖い人間でないことに胸を張りたいもの。