mkbkc’s diary

みやぎ教育文化研究センターの日記・ブログです。

7月26日

 今年も「高校生への公開授業」をもつためにいろいろ考えつづけた。この会は講演とも違う。何よりも高校生が足を運ぼうとする気を起さなければこの会は成立しない。実は毎年、高校生を集めるのに四苦八苦している。それでもつづけたいのは、「学ぶということは何か」を少しでも考えるきっかけになることを願ってのことだ。いや、そんなことを考えなくてもいい。今まで出会ったことのない人に出会ってほしい、それで十分だ。欲を言えば、ヒトへの興味をもってもらえれば・・・。

 今年の授業者が決まった。仲本正夫さん(湘南学園学園長)に。

1970年代の末、著書「学力への挑戦 -“数学だいきらい”からの旅立ち」で数学教育、いや教育に大きな一石を投じた方だ。もちろん、数学の授業をしていただく。限られた時間だが、何かを起こしていただけることまちがいなし。私は今からわくわくしている。「学力への挑戦」(かもがわ出版)の「はじめに」の最初の部分をそのまま書き写すことで仲本正夫さんの紹介としておく(これだけでも十分興味をもっていただけるだろう)。

 高校3年、1学期中間テストの感想をかいてもらったら、「せめて30はとりたかったよ。15点だったなんてがっかり。」という上田町子(仮名)の衝撃的な感想が出てきた。上田は、クラスで一番意欲を失っていて、私も頭を抱え、どうしようもないとあきらめかけていた生徒だった。私は、その生徒の心の奥に、こんなにも悲痛な願いがあったということなど夢にも考えていなかった。

 自分の心情をありのままに綴って出した上田の感想は、どんな生徒にも、わかりたい、できるようになりたいという根源的な願いがあるのだということを私に気づかせるものだった。

 それは、まさしく私の教師開眼の瞬間であった。

 私の授業づくりは、この悲痛な叫びにどうこたえていくのかということから始まった。それは、算数や数学で、暗いトンネルをくぐってきた、とりわけ自立期の若者にとっては、人間としての尊厳をとりもどしていくという営みでもあった。私の教科新聞『数学だいきらい』第1号は、この上田との出会いによって、命を吹き込まれた。上田は、やがて、あきらめを振り切って歩み出し、ついに卒業試験では100点をとるまでに飛躍していた。~

授業は、来年の1月20日(日)午後、内容はこれからの話し合いによって決まる。高校生の集まりを今から期待している。

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